再生医療で心臓病治療の扉を開く—26年の歳月をかけた心筋再生医療の実現をめざして Heartseed株式会社

※本コンテンツは、令和3年度に取材をした内容をもとに作成し、一部時点更新を行っております。

再生医療(いりょう)とは、病気や事故などによって失われた身体の組織を元の状態に(もど)すことです。この再生医療(いりょう)の分野で、世界に先がけてiPS細胞(さいぼう)を使って心筋細胞(さいぼう)をつくることに成功したのが、Heartseed株式会社です。代表であり、慶應義塾大学(けいおうぎじゅくだいがく) 医学部循環器(じゅんかんき)内科 教授(取材当時。現・名誉教授)の福田恵一(けいいち)さんに、再生医療(いりょう)研究についてお話ししていただきました。

世界の死因第1位の心臓病を克服するために

心臓は、筋肉の(ふくろ)のようなもの。心臓の筋肉(心筋)に酸素を行きわたらせるための血液が、心臓に張り(めぐ)冠動脈(かんどうみゃく)です。冠動脈(かんどうみゃく)の血液が、正常に送れなくなる状態を心不全と呼びます。

WHO(世界保健機関)の発表では、世界の死因第1位は虚血性(きょけつせい)心疾患(しんしっかん)冠動脈(かんどうみゃく)の血流不良による心臓病)です。心臓は、収縮・拡張を()(かえ)し、全身に血液を送り出すポンプの役割をしています。心臓の筋肉を動かす冠動脈(かんどうみゃく)が、何らかの原因で(かた)くなったり(せま)くなったりして、心臓から全身に血液を送れなくなり、心不全を起こしてしまうのが虚血性(きょけつせい)心疾患(しんしっかん)です。

このような重症(じゅうしょう)な心臓病には、今のところ心臓移植しか治療(ちりょう)方法はありません。しかし心臓の提供者(ドナー)の数は少なく、移植を待ちながら()くなってしまう患者(かんじゃ)さんもいます。また移植した心臓への拒絶(きょぜつ)反応など、課題は山積みです。(わたし)は心臓の専門医として、心臓病の患者(かんじゃ)さんを治したい、心臓移植以外の根本的な治療(ちりょう)方法がないものか?模索(もさく)しながら研究を始めました。

心臓病を治したいという一念で、26年前から再生医療(いりょう)の研究をスタート

科学の力で心臓病を治したいという思いがあっても、まだ再生医療(いりょう)という言葉もない(ころ)で、最初はどうしたらいいのかわかりませんでした。国内外の留学で遺伝子レベルの研究の知見を深め、1995年に日本へ(もど)って、心筋(心臓の筋肉)の再生をめざす研究チームを結成しました。1999年に骨髄(こつずい)細胞(さいぼう)を使って心筋細胞(さいぼう)をつくる研究成果を発表した時には、世界から大きな反響(はんきょう)がありました。

その後、生産量を拡大するためにヒトES細胞(さいぼう)※1を利用した研究を経て、血液のリンパ球からiPS細胞(さいぼう)をつくり、iPS細胞(さいぼう)※2から心筋細胞(さいぼう)をつくる方法を開発しました。心筋細胞(さいぼう)をつくって適切に移植できれば、心不全を治すことができます。この技術を医療(いりょう)にするための基盤(きばん)づくりと安全性を確認(かくにん)する開発に10年かかりました。そして、基盤(きばん)が全部(そろ)ったタイミングでHeartseedを設立しました。

1995年に本格的に研究を始めてから、およそ四半世紀以上の26年の歳月(さいげつ)がかかりましたが、心筋の再生という目的はぶれずに、こつこつと研究を続けてきたことで、ようやく再生医療(いりょう)の実用化の道が見えてきました。

  • ※1 ヒトES細胞(さいぼう):全身のあらゆる部分を作り出すことができる細胞(さいぼう)のこと。ヒトの受精卵(じゅせいらん)から採取した細胞(さいぼう)培養(ばいよう)して得る。
  • ※2 iPS細胞(さいぼう):ES細胞(さいぼう)と同様に全身の細胞(さいぼう)を作り出すことができる。ヒトの線維(せんい)芽細胞(がさいぼう)から採取した細胞(さいぼう)培養(ばいよう)して得る。

iPS細胞(さいぼう)を用いた心筋再生医療(いりょう)技術—Heartseedが開発した「心筋球」

リードパイプライン「HS-001」は、iPS細胞(さいぼう)からつくった心筋細胞(さいぼう)を1000個ほどの(かたまり)の「心筋球」にして、心臓に直接移植します。(画像提供:Heartseed)

Heartseedが開発した「HS-001」は、iPS細胞(さいぼう)からつくった心筋細胞(さいぼう)を「心筋球」と呼ぶ球状の(かたまり)にして、特別な注射針で、機能しなくなった心筋組織に直接移植します。心筋細胞(さいぼう)をシートにして心臓の外側に()る方法もありますが、これは短期間で心筋細胞(さいぼう)がなくなってしまうという問題があります。純度100%の心筋細胞(さいぼう)を心臓に直接入れる移植方法であれば、安全で長期的な生着※3が期待できます。移植に使う注射針も、(はり)治療(ちりょう)(はり)を参考にして0.51mmという細さの針を特別に開発したものです。

  • ※3 生着:移植された器官が、本来の機能を果たすこと。

患者(かんじゃ)さんの負担が少なく、がん化しないiPS細胞(さいぼう)づくりを開発

なるべく痛みの少ないiPS細胞(さいぼう)の採取方法。血液を少量採って、そこからT細胞(さいぼう)を取り出し、遺伝子を入れると、約4週間でiPS細胞(さいぼう)ができます。

開発にあたっては、患者(かんじゃ)さんの負担をできる限り軽減でき、(だれ)もが失敗なくiPS細胞(さいぼう)が作れることにも配慮しました。

iPS細胞(さいぼう)は、患者(かんじゃ)さんの皮膚(ひふ)細胞(さいぼう)を採取するときに、皮膚(ひふ)()うほどの傷口ができて痛みもあります。そこで皮膚(ひふ)以外からiPS細胞(さいぼう)を採取する方法として、リンパ球の一種であるT細胞(さいぼう)※4に着眼しました。わずか1滴(0.1㎖)の血液に(ふく)まれる白血球からT細胞(さいぼう)を取りだして遺伝子を導入すると、約4週間という短期間で効率よくiPS細胞(さいぼう)ができます。患者(かんじゃ)さんの痛みも最小限で済みますし、冷凍(れいとう)保存の血液でも使えるため、国内外どこからでも血液を運ぶことができます。この技術は、いま世界中で使用されるようになりました。

  • ※4 T細胞(さいぼう)(Tリンパ球):白血球の成分のひとつであるリンパ球に(ふく)まれる細胞(さいぼう)。病原体から身体を守るために働きます。
iPS細胞(さいぼう)に、必要な4つの遺伝子を導入します。遺伝子を運ぶのは、センダイウイルスベクター。運んできた遺伝子を細胞(さいぼう)質に転写するため、もとからあるDNAに影響(えいきょう)(あた)えません。さらに高温処理で消滅(しょうめつ)するため、がん化するおそれがありません。

これまでのiPS細胞(さいぼう)は、レトロウイルス※5という運び役を使って遺伝子を導入していました。しかしレトロウイルスには、導入先の遺伝子を活性化させて、がんを誘発(ゆうはつ)する可能性がありました。(わたし)たちはレトロウイルスの代わりに、導入した遺伝子に影響(えいきょう)(あた)えず、がんになる心配のないセンダイウイルス※6を運び屋として使用しています。

さらにiPS細胞から心筋細胞だけを取り出すための純化精製技術も開発しました。iPS細胞(さいぼう)に心筋細胞(さいぼう)以外の細胞(さいぼう)が混じっていると、移植後に腫瘍(しゅよう)になってしまう可能性もあるのです。こうしてさまざまな研究開発を重ねて、心筋再生のための基盤(きばん)づくりを行ってきました。

  • ※5 レトロウイルス:RNA(リボ(りぼ)核酸(かくさん))を持ち、生物の細胞(さいぼう)感染(かんせん)するとDNA(デオキシリボ核酸(かくさん))に転写され、感染(かんせん)先の細胞(さいぼう)染色体(せんしょくたい)()()まれるウイルス。
  • ※6 センダイウイルス:インフルエンザウイルスの一種。細胞(さいぼう)を傷つけずに遺伝子を運ぶベクター(運び屋)として利用されている。

一人(ひとり)でも多くの患者(かんじゃ)さんに、健康な心臓を(はぐく)む「心臓の種」を届けたい

ムクロジ科の植物の一種フウセンカズラ。黒い種子に白いハート型の部分があることから「ハートの種(Heart-seed)」と呼ばれています。(画像提供:Heartseed)

Heartseedの会社名は、フウセンカズラという植物の種(Heart-seed)のかたちが、(わたし)たちの作製する「心筋球」とよく似ていることから名付けました。心臓に移植した「心筋球」が、健康な心臓を(はぐく)む種となるように、という思いを()めています。

代表取締役(とりしまりやく)CEOであり、慶應義塾大学(けいおうぎじゅくだいがく) 医学部循環器(じゅんかんき)内科教授として後進の研究者を十数人も育て上げている福田恵一(けいいち)さん。

Heartseedは、2021年6月にデンマークの製薬企業(きぎょう)ノボ ノルディスク社とグローバルライセンス契約(けいやく)を結びました。ノボ ノルディスク社は、世界80カ国に拠点(きょてん)を持つグローバル企業(きぎょう)です。できる限り早く(わたし)たちの再生心筋の治療(ちりょう)方法を世界に普及(ふきゅう)させたいという思いから決断しました。自社だけで開発するより、世界中にネットワークを持つ企業(きぎょう)提携(ていけい)すれば実用化が進み、一人(ひとり)でも多くの患者(かんじゃ)さんを救うことができます。再生医療(いりょう)の研究開発には、将来を見越(みこ)したグローバルな視点も必要です。

ベンチャー企業(きぎょう)は「アドベンチャー」! 仲間を見つけてゴールをめざす

バリ島のお土産(みやげ)でもらった置物。「BIG BOSS」は最も(えら)い上司という意味ですが、ふんぞり返った悪い上司にならないように(いまし)めとするため、いつも見える場所に(かざ)っています。

病気を治すためには、診察(しんさつ)や研究に専念する方法もあります。しかし、(わたし)はこれまで(だれ)もやり()げたことのない新しい道を見つけるために、大学の外へ足を()()し、ベンチャー企業(きぎょう)として起業しました。研究成果を企業(きぎょう)(たく)して臨床(りんしょう)応用を待つよりも、“最新の再生医療(いりょう)で世界を変えたい”という思いからでした。また、患者(かんじゃ)さん目線のベストな治療(ちりょう)方法を自分たちで実現したいという信念もありました。(わたし)が米国留学当時のバイオテクノロジー黎明期(れいめいき)に、優秀(ゆうしゅう)な科学者が集まって設立した、有名なベンチャー企業(きぎょう)であるアムジェン株式会社の成功事例も大いに参考にしました。

起業は、得意な能力を持つ仲間を見つけて一緒(いっしょ)に旅へ出るアドベンチャーゲームやRPGと少し似ています。Heartseedもまた、さまざまな能力を持った優秀(ゆうしゅう)な仲間を見つけて集め、一緒(いっしょ)に課題を解決しながら、目標へ向かう冒険(ぼうけん)の道を歩んでいます。若い(みな)さんも、自分で道を切り(ひら)く「起業マインド」を持ち、常に新しいことに挑戦(ちょうせん)する冒険心(ぼうけんしん)と仲間とのチームワークをめざしてください。

COLUMN

コラム 「自我(じが)作古(さっこ)」という思いで、夢へ向かう

(わたし)は、小学生の(ころ)()りや野球に夢中であまり勉強をしていませんでした。SF小説が大好きで、「将来何になるの?」と聞かれたら「宇宙の研究をする科学者になる!」と答えたほどです。科学者の夢は、高校生のときに両親ががんになったことで、科学の力で病気を治したいという思いから、医学の道を選ぶことに変わりました。そして26年という歳月(さいげつ)をかけ、心臓病を治すための再生医療(いりょう)の研究を続けてきました。若い(みな)さんには、どんな困難があってもあきらめず、新しいことに取り組む素晴(すば)らしさを体験していただきたいです。

(わたし)の所属する慶應義塾大学(けいおうぎじゅくだいがく)の信条で自我(じが)作古(さっこ):我より古(いにしえ)を作(な)す」という言葉があります。これは、かつて(だれ)(いど)んだことのない新しい分野に挑戦(ちょうせん)し、困難や試練があろうとそれに()えて、自らが歴史をつくりだすのだという気持ちを持って進むという意味です。「自我(じが)作古(さっこ)」の気持ちで、ぜひ(みな)さんの夢に向かってください。

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