※「体内病院® 」および「スマートナノマシン® 」「スマートナノワクチン® 」は川崎市 ( かわさきし ) 産業振興 ( しんこう ) 財団の登録商標です。
iCONMってどんな施設 ( しせつ ) ?
iCONMのある「キング スカイフロント」。羽田空港の南西、多摩川 ( たまがわ ) の対岸に位置する川崎市 ( かわさきし ) 殿町 ( とのまち ) 地区にある「キング スカイフロント」は、多数の企業 ( きぎょう ) が集まる注目のエリアです。
iCONM(通称 ( つうしょう ) 「アイコン」)は、「Innovation Center of NanoMedicine=ナノ医療 ( いりょう ) イノベーションセンター」の略です。iCONMの研究施設 ( しせつ ) は、世界最高水準の研究開発から新産業を創出するオープンイノベーション※1 拠点 ( きょてん ) 「キング スカイフロント」にあります。
iCONMは公益財団法人川崎市 ( かわさきし ) 産業振興 ( しんこう ) 財団と川崎市 ( かわさきし ) が整備を進めてきた研究施設 ( しせつ ) で、産官学の壁 ( かべ ) を越 ( こ ) えた多彩 ( たさい ) な研究者が集まって、世界中の人が健康になるスマートライフケア※2 社会を実現するために「スマートナノマシン」の研究開発を行い、「体内病院※3 」の実現を目指しています。これだけさまざまな人材・知財・成果が揃 ( そろ ) って最先端 ( さいせんたん ) 研究をしている自治体ベースの研究所は、他 ( ほか ) にない貴重な存在と言えます。「スマートナノマシン」については、次に詳 ( くわ ) しく説明します。
※1 オープンイノベーション(Open innovation):組織内の技術革新を行うために、組織内外を問わず、あらゆる情報・技術・サービス・仕組みを取り入れて、新しいものを生みだすこと。
※2 スマートライフケア社会:医療 ( いりょう ) のコストや距離 ( きょり ) を意識することなく、いつでもどこでも、日常生活の中で自律的に健康を手にすることができる社会。
※3 体内病院:治療 ( ちりょう ) や投薬など、すべての医療 ( いりょう ) 機能が人体の中に集約され、体内を巡回 ( じゅんかい ) し、24時間治療 ( ちりょう ) と診断 ( しんだん ) を行うシステム。
多摩川 ( たまがわ ) を見渡 ( みわた ) す場所にあるiCONMの施設 ( しせつ ) 。ここに日本の最先端 ( さいせんたん ) 科学技術研究が詰 ( つ ) まっています。
iCONMで行っている研究—「ナノマシン」って何ナノ?
人の身長を地球の直径にたとえると、「ナノマシン」のサイズはサッカーボールの大きさに相当します。
iCONMは、「ナノ医療 ( いりょう ) イノベーションセンター」という名前通り、「ナノ医療 ( いりょう ) 」、つまり非常に小さなナノ※4 サイズの「ナノマシン※5 を」使った、がんや脳疾患 ( のうしっかん ) などの新たな治療法 ( ちりょうほう ) や診断 ( しんだん ) 機器の研究開発を行っています。
上記の図では人と地球の大きさでたとえましたが、現実の「ナノマシン」は、目に見えないウイルスと同じ位の小さなサイズです。「ナノマシン」を組み立てるためには、超精密 ( ちょうせいみつ ) な分子サイズの作業が必要となります。
※4 ナノサイズ:「ナノメートル(nm)」は、10億分の1メートルの単位。1,000nm(ナノメートル)=1μm(ミクロンメートル)。
※5 ナノマシン:細胞 ( さいぼう ) や細菌 ( さいきん ) よりもっと小さいウイルスサイズ(10 - 100 nm)の大きさの分子機械のことを指す。
「ナノマシン」は、いわば薬を入れて運ぶ極小カプセルです。
ウイルスサイズの「ナノマシン」の中には、治療 ( ちりょう ) のための薬が入っています。皆 ( みな ) さんが大好きなカプセルトイを想像していただくとわかりやすいかもしれません。目に見えない程 ( ほど ) の極小サイズのカプセルの中に薬が入っていて、体内の必要な場所に薬を届けるのがナノマシンの役割です。
「ナノマシン」というとロボットのように思うかもしれませんが、機械ではありません。まるでロボットのように、体の中の必要な場所に必要な量の薬を届けて働いてくれることから、そう名付けられました。iCONMで開発している「ナノマシン」は、「スマートナノマシン」と呼んでいます。
SFの世界が現実化?スマートナノマシンが働く体内病院
医療 ( いりょう ) 機器は、松葉杖 ( まつばづえ ) に始まり体内型人工心臓やカプセル内視鏡の開発に至るまで進化を遂 ( と ) げてきました。今後iCONMの「スマートナノマシン」が実用化すれば、医療 ( いりょう ) の世界は飛躍的 ( ひやくてき ) に変わります。
「ナノマシン」は体内に薬を届けるだけでなく、体内を24時間見回って異常を検出したら、病状の診断 ( しんだん ) 、治療 ( ちりょう ) までを行ってしまうことができます。まるで体の中にナノサイズの病院が存在しているかのような、夢の未来医療 ( いりょう ) システムです。
医師を極小化して体内に送 ( おく ) り込 ( こ ) むという発想は、手塚治虫 ( てづかおさむ ) のマンガ『38度線上の怪物 ( かいぶつ ) 』やSF映画『ミクロの決死圏 ( けん ) 』などで描 ( えが ) かれてきました。そんなSFのような未来が、いままさにここ川崎 ( かわさき ) のiCONMから実現しようとしています。
iCONMは、2045年には「体内病院」を実現する目標を掲 ( かか ) げて開発を進めています。
がん、認知 ( にんち ) 症 ( しょう ) 、再生医療 ( いりょう ) 、ワクチン…「体内病院」の可能性
がん細胞 ( さいぼう ) につながる血管には、正常な細胞 ( さいぼう ) よりも少し大きな穴が開いています。「ナノマシン」は、このがん細胞 ( さいぼう ) の穴だけを通 ( とお ) り抜 ( ぬ ) けて、的確にがん細胞 ( さいぼう ) へ薬を届けることができます。
では「体内病院」ではどのような治療 ( ちりょう ) ができるのでしょうか?
たとえば、がんの治療薬 ( ちりょうやく ) は「ナノマシン」よりもさらに小さいため、がん細胞 ( さいぼう ) だけではなく、正常な細胞 ( さいぼう ) にまで届いて副作用を起こします。「ナノマシン」は、正常な細胞 ( さいぼう ) ではなく、がん細胞 ( さいぼう ) にだけ薬を届けることで副作用を軽減できるのです。このことにより、がん患者 ( かんじゃ ) さんへの治療 ( ちりょう ) の痛みなどの副作用が格段に軽減できます。
「ナノマシン」は、脳の防御 ( ぼうぎょ ) バリアを突破 ( とっぱ ) するための工夫 ( くふう ) を施 ( ほどこ ) して、脳に薬を届けます。
認知 ( にんち ) 症 ( しょう ) などの脳神経疾患 ( しっかん ) を治療 ( ちりょう ) するためには、脳に薬を届けなければなりません。しかし、人間の脳には、病原体などの不必要なものを脳に入れないための「血液脳関門※6 」というバリアがあります。治療 ( ちりょう ) に必要な薬も、ここで異物として遮 ( さえぎ ) られてしまいます。
「ナノマシン」は、このバリアを越 ( こ ) えて薬を届けるために、脳の大好物のブドウ糖をまとわせています。脳は、ブドウ糖を取 ( と ) り込 ( こ ) んでエネルギーとして活用しています。「血液脳関門」は、ブドウ糖をまとった「ナノマシン」をブドウ糖と認識 ( にんしき ) して取 ( と ) り込 ( こ ) んでくれます。「ナノマシン」で脳に確実に適量の薬を届けることができれば、副作用も軽減でき、効果的な治療 ( ちりょう ) が見込 ( みこ ) めます。
※6 血液脳関門:血液と脳の組織の間で必要な物質をやりとりしたり、血液から脳へ病原体や有害物質が侵入 ( しんにゅう ) しないようにバリアとして防御 ( ぼうぎょ ) したりする重要な組織。
再生医療 ( いりょう ) やワクチン開発が可能となるmRNA×ナノマシン
iCONMのmRNAワクチン「スマートナノワクチン」は、より安全で常温保存が可能となります。
iCONMでは、これ以外にも、タンパク質の設計図となるmRNA※7 を、ワクチンや医薬品として応用する研究を行っています。mRNAは新型コロナウイルスのワクチンでも利用されているものですが、体内に取 ( と ) り込 ( こ ) むと壊 ( こわ ) れやすい性質を持っています。「ナノマシン」にmRNAを入れて注射することで、体内に入ってもバラバラにならず、効果を発揮することができます。
mRNAの入った「ナノマシン」は、たとえば関節軟骨 ( なんこつ ) を再生する治療薬 ( ちりょうやく ) として再生医療 ( いりょう ) に活用できます。ひざの痛みで苦しむ「変形性関節症 ( しょう ) 」の治療 ( ちりょう ) についても、2023年度中に臨床 ( りんしょう ) 試験開始を予定しています。
また新型コロナウイルスのワクチンだけでなく、新型のウイルスにもすぐさま対応できる「スマートナノワクチン」としての開発が考えられ、現在その研究開発を進めているところです。
※7 mRNA(Messenger RNA):「伝令RNA」とも言う。DNAに保持されている遺伝子情報のコピーで、細胞 ( さいぼう ) に必要なタンパク質の設計図。
革新的なイノベーションが川崎 ( かわさき ) に集結、グローバルネットワークで世界へ
殿町 ( とのまち ) キングスカイフロントクラスター事業部インキュベーション事業推進室
iCONM with BioLabs サイトディレクターの厚見宙志 ( ひろし ) さん。
ここまで、iCONMの体内病院を実現させるための取組・研究を紹介 ( しょうかい ) してきましたが、iCONMでは新たに、バイオ・ライフサイエンス分野のスタートアップ※8 を支援 ( しえん ) し、革新的なイノベーションをここ川崎 ( かわさき ) から世界へ展開させるための取り組みを始めました。どんな取り組みで、なぜ取り組む必要があるのかをiCONM with BioLabs サイトディレクターの厚見宙志 ( ひろし ) さんに伺 ( うかが ) いました。
※8 革新的な技術やアイデアで市場を開拓 ( かいたく ) し、短い期間で急成長する企業 ( きぎょう )
スタートアップが活躍 ( かつやく ) できる社会を目指して—米国BioLabsとのコラボ
この事業提携 ( ていけい ) によって、日本のイノベーションを加速させ、エコシステムのグローバル化を期待しています。
厚見さん
公益財団法人川崎市 ( かわさきし ) 産業振興 ( しんこう ) 財団では革新的な技術で新しい社会を切り開こうとするライフサイエンス分野のスタートアップを支援 ( しえん ) する「iCONM in collaboration with BioLabs」という事業を令 ( れい ) 和4年6月より始めました。
これは、日本の高い研究技術力に対し、iCONMの研究支援 ( しえん ) 環境 ( かんきょう ) と米国BioLabs(バイオラボ)社※9 の社会実装支援 ( しえん ) 経験の強みを掛 ( か ) け合 ( あ ) わせることでスタートアップを支援 ( しえん ) するというものです。
→iCONM in collaboration with BioLabs
※9 BioLabs(バイオラボ)社は、米国に11拠点 ( きょてん ) 、ドイツ、フランスにも拠点 ( きょてん ) を持つグローバルな企業 ( きぎょう ) です。本事業で選定され入居したスタートアップ企業 ( きぎょう ) は、高度な研究設備が整備されたiCONM施設 ( しせつ ) で研究開発を行い、グローバルな事業開発の機会もサポートされます。
日本のスタートアップや起業家を支援したい—研究者から転身してiCONMへ
iCONMには、国内外の人々との活発な交流の場が設けられているほか、海外からの留学生も数多く受け入れています。
——なぜスタートアップ支援 ( しえん ) をしようと考えたのでしょうか?
厚見さん
私 ( わたし ) は元々サイエンティストで、日本の大学院で博士号 ( はくしごう ) を取得し、渡米 ( とべい ) してボストンへ6年間行っていました。渡米 ( とべい ) する飛行機では大学の研究者として生きていくつもりでしたが、帰国する飛行機の中では日本のスタートアップや起業家に関 ( かか ) わる仕事をしたいと思うようになっていました。ボストンでの経験が私 ( わたし ) の考え方を変えたのです。
ボストンは、ライフサイエンス分野では非常に有名な場所で、研究者だけではなく、ビジネス関連の人々他、さまざまな人が世界中から集結する場所です。そこに集まる多くの人と会話をし、ディスカッションをする中で、サイエンティストは科学のことだけでなく、科学を知っているからこそ実現できる理想の社会を考えるべきではないかと思うようになりました。
翻 ( ひるがえ ) ってボストンにいる間、ボストンと比べると日本の企業 ( きぎょう ) には“情熱”を感じることが少ないと考えるようになりました。きっかけは、ある日私 ( わたし ) がボストンの大学で研究をしていた時のことです。いつも通り夜の遅 ( おそ ) い時間に学生が隣 ( となり ) のベンチ(研究スペース)に来 ( き ) たので、研究の進み具合はどうかと立ち話をしていると、突然 ( とつぜん ) 「今日 ( きょう ) 会社を倒産 ( とうさん ) させてしまった」という話をし始めました。なんとその学生は昼間に自分が立ち上げたスタートアップの仕事をして、夜は博士号 ( はくしごう ) をとるための研究をしていたのです。寝 ( ね ) る間も惜 ( お ) しんで仕事や研究に向かうこの“情熱“は日本からあまり感じることが少ないなと思うと同時に、この”情熱“がもっとあれば日本はさらに元気になると思ったのです。
このような経験を通して、私 ( わたし ) はスタートアップや起業家の方々と関 ( かか ) わる仕事がしたいと思うようになりました。日本に戻 ( もど ) ってくるタイミングでVC(ベンチャーキャピタル)※10の仕事に就 ( つ ) き、スタートアップ・起業家の支援 ( しえん ) を行いました。大学研究者からVCへの転身はめずらしいことだと思いますが、iCONMではその経験を活 ( い ) かし、多くのスタートアップを支援 ( しえん ) できればと考えています。
※10 スタートアップに出資する投資会社のこと。お金を出す(出資)だけではなく、投資先が成長するための経営支援 ( しえん ) も行っています。
研究が社会実装されるiCONMという場でエコシステムの完成を目指す
厚見さん
iCONMは、いくつもの基礎 ( きそ ) 研究が社会実装されてきた場です。そういった場に、若者が集まってスタートアップを作って、そのスタートアップがここを出て成長してグローバルに活躍 ( かつやく ) する、そしてまた新たに若者が集まってくる、そういった循環 ( じゅんかん ) するエコシステムを築いていきたいと思っています。
私 ( わたし ) 達 ( たち ) が目指すエコシステムが完成すれば、これからサイエンスの世界を勉強したいという若い皆 ( みな ) さんが、大きくなって自分の好きな分野で夢を追い求めやすい仕組みが提供できるようになります。私 ( わたし ) 達 ( たち ) もそんな未来がやってくるのを楽しみにしています。
iCONMは、サイエンスに興味を持つ小中高生のためのイベントや特別講座を定期開催 ( かいさい ) しています。興味が湧 ( わ ) いたら、ぜひ参加してみてください。
動画インタビュー 好きなことを深掘 ( ふかぼ ) りするのが大事
厚見さんに、電車と昆虫 ( こんちゅう ) が好きだった子ども時代に捕 ( つか ) まえた蝉 ( せみ ) を家の中に放したエピソード、サイエンティストとして(世界の人々の役に立ちたいというよりは)世界の研究者と議論してみたいと願ってアメリカへ留学した話、好きなことを深掘 ( ふかぼ ) りするのが大切という皆 ( みな ) さんへのメッセージをお話しいただきました。