国内生産にこだわる日本のカメラ・レンズメーカー株式会社シグマ。最近では大ヒットしたハリウッド映画にシネレンズが採用されるなど、そのものづくりの姿勢が国内外で高い評価を得ている企業(きぎょう)です。代表取締役(とりしまりやく)社長の山木 和人(かずと)さんに、福島県磐梯町(ばんだいまち)会津(あいづ)工場でお話を(うかが)いました。

60年以上、写真と映像に関する製品だけを作り続けている会社

2022年2月に竣工(しゅんこう)、5月に稼働(かどう)開始したシグマ新本社ビル。川崎市(かわさきし)のマイコンシティ内に位置し、栗木(くりき)緑地の豊かな緑に囲まれた環境(かんきょう)にあります。 photo ©SS Nozomu Shima

シグマは、デジタルカメラ、交換(こうかん)レンズ(スチル/シネマ)、各種アクセサリーの製造・販売(はんばい)を行うメーカーです。1961年の創業以来、写真と映像に関する製品、つまり撮影(さつえい)に関する道具だけを60年以上作り続けています。現在は神奈川県(かながわけん)川崎市(かわさきし)麻生区(あさおく)に新本社を置き、会津(あいづ)に生産工場を保有し、国内一貫(いっかん)生産にこだわっています。

シグマ新本社ビル内で製品を陳列(ちんれつ)展示したコンセプトギャラリー・Lens Cellarは、2022年度グッドデザイン賞(主催(しゅさい):公益財団法人日本デザイン振興会(しんこうかい))を受賞しました。

新本社の場所は、数年かけて選定しました。川崎市(かわさきし)麻生区(あさおく)のマイコンシティ栗木(くりき)地区を選んだ理由は、東京近郊(きんこう)にありながらこれだけ緑豊かな職場環境(かんきょう)を得られ、職住接近が実現しやすいロケーションという点でした。
また、創造発信都市として整備された川崎市(かわさきし)マイコンシティ※1区画内に本社を置くことで、川崎(かわさき)市内でユニークな取り組みを行っているスタートアップ企業(きぎょう)から大企業(きぎょう)に至るまでのさまざまな企業(きぎょう)・研究機関と交流し、将来的にオープンイノベーション※2の創出を期待しています。

ちなみに本社の来客用会議室には、光学に関連した偉人(いじん)たち、数学者のガウスや映画を発明したリュミエール兄弟などの名前が付いた会議室があります。

  • ※1 川崎市(かわさきし)マイコンシティ(かわさきマイコンシティ):神奈川県(かながわけん)川崎市(かわさきし)麻生区(あさおく)に整備されたエリア。エレクトロニクス関連産業をはじめ、通信・情報処理・ソフトウエア業などの研究開発機能などを集積し、創造発信都市として新しい産業基盤(きばん)雇用(こよう)の創出を(はか)る。
  • ※2 オープンイノベーション:会社や組織の改革や刷新を行うために、組織の内外を問わずさまざまな知見や技術を取り入れて、新しい価値を生みだそうという考え方。

Made in Japanへのこだわり

福島県磐梯町(ばんだいまち)にあるシグマの会津(あいづ)工場。広大な敷地(しきち)の工場で、シグマ全製品を生産しています。

シグマの製品は、約8割強が海外での販売(はんばい)、2割弱が国内販売(はんばい)というグローバルな会社です。ただし製造は、ほぼ100%が国内自社生産。国内では一切(いっさい)製造していないという日本のメーカーがほとんどの中で、シグマだけは国内生産にこだわり続けています。

メイド・イン・ジャパンにこだわる理由には、2つあります。やはりレンズというのは、製造するのがすごく難しい。レンズ作りはアナログ的な技術で、精度の高いレンズを(みが)()げるためには、これまで積み重ねてきたノウハウや技術がとても重要になります。シグマ唯一(ゆいいつ)の生産拠点(きょてん)である会津(あいづ)工場には、その人材とノウハウのすべてが備わっています。

会津(あいづ)工場でのレンズの検品作業。設計上のズレなども、熟練した担当者の目で細かくチェックされています。

高精度の光学レンズ製造

カメラのレンズは、複数枚のレンズで構成されています。シグマの交換(こうかん)レンズ1本あたりに、レンズが10枚前後、多いものでは25枚位が使用されています。

レンズに関しては、光学設計の担当者がソフトウェアを使ってシミュレーションを()(かえ)して、レンズの枚数・形状・材質などを設計します。さまざまな種類の屈折率(くっせつりつ)の異なる光学ガラスを、どう組み合わせれば美しい画像が()れるのかというシミュレーションですね。レンズですからピントを合わせるために、20数枚あるレンズの光軸(こうじく)をピシッと中心に合わせる非常に高精度な設計となります。

レンズの組み立てはすべて手作業で行われています。

よく視力検査で検眼鏡をかけて視力を合わせるために、複数のレンズを()()えて(ため)して最適な度数を測りますよね。カメラのレンズの構造としては、あれに近いと思っていただければわかりやすいかもしれません。

レンズを通した画像のゆがみ、ぼけ、色にじみを「収差」と言います。「収差」が出る(たび)に、それを補正するために1枚ずつレンズを追加していきます。たくさんレンズを入れるほど、高精度になりますが、そうすると出来上がったレンズ自体が非常に重くなってしまう。物理的に限界がありますので、いかにコンパクトで軽量でありながら高精度の性能を実現するかのせめぎあいで、設計がなされていきます。

ハリウッドが認めた!シグマの映画用シネレンズ

2016年に発表されたSIGMA CINE LENSは、映像制作現場で人気の最高性能のシネマレンズシリーズ。写真は、ハリウッド映画でも使われている「FF High Speed Prime Line」の新製品 65mm T1.5 FF(2023年1月発売)。

シグマが、映画用レンズ(シネレンズ)の開発・製造を始めたのは2016年からです。2013年に写真用交換(こうかん)レンズとして発表した、世界初※3のF1.8通しのズームレンズ「18-35mm F1.8 DC HSM | Art」が、米国で突出(とっしゅつ)して高い売れ行きとなりました。「なぜ米国で人気なのか?」と調べてみると、映像関係者が映像用としてこのレンズを評価してくださっていたのがわかりました。実は以前から、シグマの写真用交換(こうかん)レンズを映像用にカスタマイズして使ってくださっている映画業界の方が多いという話は(うかが)っていましたが、これには(おどろ)きました。

シグマのシネレンズは、トム・クルーズ主演で近年大ヒットした映画『トップガン マーヴェリック』の撮影(さつえい)にも採用していただきました。映画ではコックピット内の撮影(さつえい)以外の多くのシーンでシグマのシネレンズが使われており、(わたし)(たち)のレンズがハリウッドの厳しい評価の下で選ばれたことに胸が熱くなりました。しかも撮影(さつえい)で使われたシネレンズの光学系ガラスは、すべて写真用として発売されているArtシリーズ単焦点(たんしょうてん)レンズと全く同じものなのです。ものづくりにこだわり、良いものを作り続けていれば、正当に評価されるものだという思いを新たにしました。

  • ※3 デジタル一眼レフカメラ用交換(こうかん)レンズにおいて(2013年4月時点)。

ひとりひとりが「最高の仕事」のできる会社

レンズ交換(こうかん)式デジタルカメラ「fp」。本機は、「出張に持ち歩けるコンパクトで高性能なカメラがほしい」という山木社長のアイデアから生まれました。

シグマには、3つのテーマがあります。
①他社にはないものを作ること
当社は、市場調査などのマーケットリサーチを行いません。社員が作りたいものを考えて提案します。創業者の父の代から、他社にはない、良い意味で変なレンズをたくさん作ってきました。そこがカメラ愛好家の方々に評価されてきた結果につながっています。 最近のレンズ交換(こうかん)式デジタルカメラ「fp」も、(わたし)がスケッチしたアイデアを見たエンジニアが「こんなカメラがあったら()しいです」と同意してくれて開発に至り、まさに「好き」をカタチにしたプロダクトとなりました。他社にはないものづくりは、常にシグマのテーマです。

②“Small office, Big factory”
創業以来“Small office, Big factory”という事業哲学(てつがく)(かか)げています。管理部分のオフィスは小さくていいので、工場と技術力に最大限の投資をかけています。今後も極力そうしたいと思っています。「こんなレンズを作りたい」という開発主導のアイデアから、それを実現する生産技術を()(そな)えていることが、シグマの魅力(みりょく)だと思います。

③グローバル戦略
シグマが60年以上続いてきた理由のひとつでもありますが、当初から海外の販路(はんろ)()(ひら)いてまいりました。現在、アメリカ・ドイツ・フランス・ベネルクス・香港(ほんこん)・ UK・中国・ノルディックに子会社を持ち、海外代理店は約70ヶ国(2021年8月現在)あります。常にグローバルな視点でものづくりを行っています。

「ハッピー・モーメント・カンパニー」をめざして

シグマのレンズへのこだわりは細部に至るまで。ひとつの製品が完成するまでには、実に多くの人の手がかかっています。

当社は、経営ビジョンとして「ハッピー・モーメント・カンパニー」を(かか)げています。写真や映像は、誕生日や結婚(けっこん)、入学・卒業のお祝いなど、人々の幸せな場面に使われることが多い。シグマは人々の幸せな場面で活躍(かつやく)できる良い製品を作って、幸せに()()う会社になりたいと考えています。それには、企画(きかく)、開発、技術のすべてを(にな)う社員ひとりひとりが「最高の仕事」ができる会社としての環境(かんきょう)を提供していくことが大切です。

医療(いりょう)技術の自動化など、未来への貢献(こうけん)も視野に入れて

歴代の製品が並ぶ会津(あいづ)工場の展示室。左の看板は、会津(あいづ)工場開設時から(かか)げられてきたものです。

将来については、光学メーカーとしてますますさまざまな可能性を()(ひら)いていきたいですね。また、写真や映像以外の分野で貢献(こうけん)できる可能性も(さぐ)っていければと考えています。まだ漠然(ばくぜん)としていますが、たとえば医療(いりょう)技術の自動化といった最先端(せんたん)技術など、企業(きぎょう)として人類の発展に貢献(こうけん)できることがあればぜひ模索(もさく)していきたいです。

動画インタビュー
空想好きな子ども時代から”Think out of the box”へ

空想好きな子ども時代の思い出、既成(きせい)概念(がいねん)という箱の外へ飛び出して発想する”Think out of the box”という考え方、世の中にないものを作る大切さについて、山木社長が動画で語っています。

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